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2011年 01月 20日
![]() 先月(すでに昨年・・・)、大学の恩師である麻生三郎先生の回顧展を見た。 海外ではアニメ文化などを基点とした日本美術がクールジャパンと言われて好評を博し、国内にあってもとかくきれいで可愛い作品がもてはやされる感のある今の美術界にあって、すでに没後10年になる麻生三郎のような、どす黒く、重苦しい絵が今の時代にどのように写るのか? 30年前、僕自身が大学時代、自分の師でありながら麻生三郎という絵描きはなぜそんなにも暗くて難解な絵を描いているのか・・・凄い絵だとはわかっても正直はっきりとは理解できなかった。 その頃、僕らが憧れていた絵描きと言えば、山口薫・香月泰男・松本俊介・・・厳しい造形のなかに人間性や叙情を追求した仕事には、それぞれ背負ってきた個人としての想いと、必ず壮絶な時代の記憶が宿っていた。中でも麻生先生の絵は突出して暗く、甘さを拒絶するような迫力を放っていた。 学校を出てからは自分達の時代を切実に描かなければ・・・と、思って見廻した僕たちの時代は、何か方向性のはっきりしない浮ついた世の中に思えて仕方なかった。 こんな世の中で何を描いたらいいのか・・・? ずっと自問自答しつつすでに30年。僕などにはいまだに時代の方向性や抱えている切実さの全貌はよく見えない。 今回、麻生三郎展を観て、30年前にはあまりよく解らなかった何かが、スカッと見えたように思えた。 ぐちゃぐちゃと暗い画面の向こうに、人間がありのままのたくましい姿で立っている。 会場に並んだ赤黒い絵の具で描かれたネバネバした空間には、よく見ると凛とした人の気配があって、それは時代を超えて生きつづけるまったく今日的な人間の姿なのだと思えて仕方なかった。 「U君、いい絵はねみんな健康的で明るいんだよ・・・」 学生時代、あるとき麻生先生が僕に言った言葉を思い出した。 その時・・・真っ黒な絵を描いているくせにこの先生は何を言ってるんだろう?と思ったけれど、今頃になってその意味がようやく腑に落ちた。 いま、僕たちの時代は何を目指しどこへ向おうとしているのか? 他人事ではない、僕は何を描いたらいいのか? #
by kevipa33
| 2011-01-20 23:33
| 絵のこと
2010年 11月 20日
![]() 2010年11月19日午前3時 ケビンが死んでしまった。 おそらく今頃は、虹の橋のたもとに着いて旧友たちと再会している事だろう。 (しいたけ・ベニー・シャーリー・ボンスケ・ロイさん・ジャスパー・サンディ・シーラ・・・ケビンがそっちに行ったからヨロシク。) 約15年の間、ケビンはいつでも僕のすぐそばに居た。 どこへでも一緒に連れて行った。 いつでも手を伸ばせば触れることの出来る毛むくじゃらの安堵感。 こちらを見るふたつの大きな瞳が訴える無条件の信用。 誰の事も好きになり、誰からも好かれる犬だった。 “おいしい”と“たのしい”が大好き。 食いしん坊で甘えん坊。 そして、若い頃はかなりの暴れん坊。 たいがいの事は分かっているくせに、気のすすまない事には興味を示さない。 売られたケンカも一度も買う事もなく、大体いつもへらへら笑っていた。 キャンプの夜は焚き火の輪の中に居て、怪しい物音がすると、普段は見せない警戒の表情であたりを威嚇してくれた。 アウトドアでは物怖じしない一人前の頼もしい存在だった。 そして、なによりカヌーが大好きだった。 風と水の流れを鋭敏に楽しむ事ができた。 ケビンはパドルは握らないけれど、カヌーというものの本当の素晴らしさを知っていたと思う。 ケビンの目を通して見ることで、僕の見る風景はいっそうリアルなものになっていた。 当たり前のようにいつも“そこ”に居た存在のあまりの大きさに、居なくなった事をにわかには実感できないけれど、きっと幸せだったはずのケビンの一生に僕は背筋を伸ばしてひとまず別れを告げようと思う。 「おまえは本当にいいヤツだったよ。 さよなら ケビン・・・!」 #
by kevipa33
| 2010-11-20 22:14
| 犬のこと
2010年 08月 30日
![]() カヌーによる死亡事故が相次いでいる。 僕の知っているだけでも8月中にすでに二件。三人のパドラーが死亡している。 層雲峡で起きたカヤックの事故は、折りしも我が家が北海道旅行中で、道内でたいへんお世話になっている何人かの友人の、親しい方が当事者だった事もあり、リアルタイムで緊張しながら情報を聞き取った。 現場が難しいコースだったとは言え、キャリア20年以上のベテラン。技術や装備、レスキュー体制に不備があったとは考え難い。 そして一昨日。こんどは長野の犀川で、夫婦二人乗りのカヌー(報道によると電車で現地入りしたということなのでファルトかダッキーだと思う)が木戸橋の橋脚に張り付き、乗っていた女性が亡くなった。 現場は僕も何度か下ったことのあるコース。当日の水量や天候などのコンディションは特別タイトな様子では無かったそうだ。 なぜ事故が起こってしまったのか・・・?ということが当然気になるし、それぞれの事故について、詳しい状況の検証や、直接・間接の原因究明はとても重要で、それは事故の当事者や警察などの関係者の責任において作業進行中だと思う。 なぜ事故が避けられなかったのか・・・!?再びとても気になるけれど、第三者が憶測を持ち込んで物を言うべきではないと思うのでここでは慎みたい。 予想されるリスクに備えて、装備や体制を万全に整えるマネジメントは、自己責任において当然必要な事だ。 それはカヌーや登山といった一部愛好家の世界においてだけではなく、車に乗るときや、道を歩くなど、場合によってはなにを食べるか?・・・といったごくごく日常の世界にも常に必要な事であり、危険を察知してそれを避ける能力はそのまま「生きる力」と言ってもいいと思う。 生き抜くためには危ない状況には決して近づかない・・・のが良いのか? それとも、リスクを見据えた上で、なるべく早くから回避するか。 あるいはギリギリ直前まで待ってから必要な対処をするか・・・。 備えあれば憂い無しとは言うけれど、来るべき危険に対して“備え”さえしていれば安心だと思いこむことこそ危険なのではないか? さらに、限りなく悪い状況に最接近…! もしくはすでに遭遇してしまったとき! どう行動するか・・・? 今回の事故の情報に接して、僕が何より実感したのは、「事故というのはどんな状況でも起こるときは起こるし人も死んでしまう。そして、それは自分にも必ず当てはまる。」ということ。 情報媒体の向こう側の出来事ではない。すぐそこで起こった事故なのだと捉えておきたい。 #
by kevipa33
| 2010-08-30 09:47
| 旅の空から
2010年 06月 27日
![]() 僕の家のすぐ近くを流れる烏川のずっと上流、水源のあたりを「倉渕の森」と呼ぶ事にしよう。 その「倉渕の森」に「はまゆう山荘」という温泉施設がある。 http://www6.wind.ne.jp/hamayu/ 今の季節、一面の緑が眩しい水源の森。 人里離れた森にある建物はとても立派で、宿泊したヨーロッパからのお客さんが、「スペインのパラドールみたいだ」と評したほど荘厳な空間。 7月から、その「はまゆう山荘」で僕の作品を展示することになって、先日搬入・飾り付けをしてきた。 100号4点を含む約20点をロビー談話室と、廊下に展示した。 なかなかいい感じです。(自賛・笑) 今回の展示は、とりあえず一年間という長期で、「倉渕の森」と僕の作品の空気感を共鳴させたいという目論みでもある。 「はまゆう山荘」が町村合併で僕の住んでいる高崎市の管理になったのを機に、内外装やソフト面の細かいところをさらに素敵に出来ないか?という仕事の一環で、僕の絵にご指名があったのだ。 たくさんの人がゆったり休みに来る場所なので、そこにふさわしい絵がいい・・・ということでの抜擢は僕としても嬉しい限り。 温泉もなかなかいいお湯です。お風呂上りに絵画鑑賞・・・なんてのも良いと思う。 #
by kevipa33
| 2010-06-27 08:12
| 絵のこと
2010年 05月 31日
![]() スケッチブックを携行するという習癖があるので、未使用のスケッチブックの在庫が無いと落ち着かない。 画材店だけでなく、文具店やファンシーグッズのお店などに行くと、いわゆる描画用の「スケッチブック」だけでなく、無地の紙が綴じてあるノート状のものがあると必ずチェックする。 思いがけず、描きたくなる意欲をそそられるような一品に出会うと、一冊二冊ではなく、思わず“大人買い”てしまったりする事がある。 そんな事をしているものだから、アトリエの棚にはまだ描いていないスケッチブックのコレクションがかなりの数になっている。 僕の好みのスケッチブックは、あまり分厚い紙ではなくてやや薄めの紙だけど、いわゆるクロッキー用の紙よりはしっかりしていて、キメが細かくて少しだけアイボリーのような色味。いつも持ち歩けるサイズで大きすぎず小さすぎず・・・だいたい4号くらいで・・・でもF4号よりも少し正方形に近い縦横比で・・・。 と、いうようなことを行きつけの画材店で話したら、 「だったらUせんせー(一応こう呼ばれているのです)、オーダーメイドしたらいいですよ。ある程度数がまとまれば、たぶんそれほど割高にならずに作れるはずです。」 という。でも、ある程度の数ってどのくらい? 「いままでも学校の一クラス単位で作らせたこともあるから、二~三十冊あればいいと思います。メーカーに見積もりしてもらいましょう。」 と、いうことでスケッチブックメーカーに見積もりを依頼したところ、僕の要望の物だったら市販の物よりむしろ安く出来ることがわかった。 さっそくオーダーした。 ![]() 納期も思いのほか早くて、依頼してから約一週間で40冊のオーダーメイドのスケッチブックが届いた。 これをすべて使い切ると「1000枚のデッサン」が仕上がる。 大雑把な数字でそれ自体には大した意味は無いのだけれど、キリのいい数字を目標にした個人的なプロジェクトをスタートさせた。 #
by kevipa33
| 2010-05-31 23:04
| 絵のこと
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