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2012年 03月 23日
お彼岸を絡めて休みを調整して被災地を旅してきました。
石巻~女川~雄勝~大川小学校~南三陸町~気仙沼~陸前高田~大船渡、と海岸沿いの道を車を走らせた。 石巻以外はこれまで頻繁にニュースで見聞きする事はあっても実際に行ったのは初めての場所だった。 石巻のように、津波によって破壊されたエリアと直接の被災は免れたエリアが混在する街では、壊れた部分を補修したり新しい家屋を作ったりして街の機能が回復してゆく様がめざましく、今「復興」という言葉を実感としてリアルに見ることができる。 けれども、女川、雄勝、南三陸、陸前高田・・・被害が「壊滅」という言葉で伝えられていた街々では、その場所には未だ人が生活を営む気配は無い。 かつて街が在った場所は、果てしなく広がる何も無い空間。 すでに大方の瓦礫は片付けられて、今はだだっ広い造成地のような風景がどこまでも続いている。 思えばこの一年のあいだに「壊滅状態」という四字熟語を何度も何度も耳にした。 言葉の意味は分かったとしても、具体的にどういうことなのか? は想像するしかなかった。 三陸地方特有のリアス式海岸の入り組んだ入り江に巨大な津波が押し寄せて街を飲み込んだ。 10mともそれ以上ともいわれている数字で表される高さの表示には客観性はあったとしても、実感として状況を理解するのはいくら想像力を駆使しても不可能だと思えてならない。 繰り返し現れる入り江の向こうに、見下ろすと、かつて立体的な人の営みがあった街の痕跡が今は平面となって在る。・・・と言うか、あるはずの立体の形が 無い。 現地に立って見渡すと、入り江の形状と津波によって破壊された痕跡から、「あぁ、津波はここまで来たのか・・・」と3.11当日の状況をなんとなく想像する事はできるけれど、どうも実感は湧かない。 今は穏やかな海面から津波到達の場所までの水平面全体の上昇と、その空間を満たしたであろう海水の量感・・・?・・・しかもそれがそこにあったものをすべて巻き込みかなりのスピードで動いて行った・・・? 現実の空間を目の前にしても、容易に理解できる情景ではないのだ。 ************* それは、神の悪戯でも凄惨な地獄でもなく、 静謐で尊く、荘厳な光景であった。 僕は自然の力に畏怖し、 畏敬を持って凝視するしかなった。 ************* これは篠山紀信氏が写真集「ATOKATA」に寄せた自身のコメント。 「見る」ということが「視る」あるいは「観る」となって、その行為が深まるほど、対象は純度を増してゆく。 僕がもし、芸術家の端くれとしてできることがあるとすれば、目の前の物をもう知っているつもりで見るだけではなく、もっとよく視て、 もっともっとよく観ることにつきるのかもしれない。 陸前高田の町の外れに、なぜか一本残った松の木があった。 今はすでにランドマークとして有名?になっている一本の木を見て、自然は非情でもやっぱりそれなりに意志を持っていて、人はその意志に導かれて街を築くはずだと思わずにいられなかった。 たとえば荒野を開拓する人の一団が、地平線に見つけた一本の木を目印に居場所を決めて、そこに街を築いてゆく・・・。 そんなイメージが 折れ曲がっても立っている松の木に重なって見えた。 #
by kevipa33
| 2012-03-23 15:59
| 旅の空から
2012年 01月 30日
![]() いつもアトリエで仕事中はラジオが鳴っている。 地元ローカルFMにチューニングを合わせてあるのが常なんだけど、特に聞き入っているというわけでもない。 それでも、昨年末から時々流れる音楽で気になっている曲があった。 「風は吹いている」という曲で歌っているのはAKB48。 僕はこの手のアイドルにはあんまり興味はないのだけれど、曲紹介されたタイトルと、 ♪ Em CM7 G D ・・・♪ というコードのなんだかシリアスなリフが耳に付いた。 ・・・よく聞いてみたら、なんだかどうも震災復興に向けてのメッセージのようだぞ・・・?。 この変わり果てた大地の空白に 言葉を失って立ち尽くしていた 何から先に手をつければいい? 絶望の中にヒカリを探す どこかに神がいるなら もう一度新しい世界を この地に拓かせてくれ・・・・・・・・ はてしなくコテコテの復興ソングだった! 今、時代を代表するアイドルと言われている(らしい・・・)AKB48に、こんな歌を唄わせる秋元康という仕掛け人のしたたかさに恐れ入ったと同時に、無条件でこの曲に賛同(感動?)している自分を自覚した。 かつて、 ボブ・ディランはBlowin' in the wind(風に吹かれて)と唄った。 ジョン・レノンはimazine(想像してごらん)と唄った。 いま、 ニッポンの少女たちは未来の風に向けて唄っている。 Em CM7 G D Em CM7 G D ・・・に続く F Em A7 B7 ・・・という響きには、決して順風ばかりではないであろう未来の風が見える。 それでも必ず未来へと風は吹いている。 #
by kevipa33
| 2012-01-30 23:17
| 日常の景色
2012年 01月 18日
![]() 年が明けてだいぶ経つけれど、今年の抱負というか目標というか、漠然と考えていることがある。 年末年始に京都に行った。 智積院の長谷川等伯、九蔵を久しぶりに見た。 高山寺、神護寺の佇まいは変わらずしっとりとした風格があったし、はじめて行った伏見稲荷では「特別の場所」の空気感のなかトレッキングを楽しんだ。 今回僕が意識して観たかったのは、借景の庭。 正伝寺、円通寺、それから實相院でそれぞれ趣向を凝らした庭とその向こうに見える比叡山のシルエットを観た。 セザンヌの描いたサントビクトワール山によく似たシルエットはいにしえ人にとっても゙おもしろい゛景色だったというのは今観ても納得がゆく。 「借景」というのは仕掛けとして考えると分かりすぎるくらいよく分かるけれど、実際観てみると、むしろなんだかとてもミステリアスなものに向き合ったような実感がある。 当たり前と思えるものであっても、実際に存在するという現実自体が謎めいていた。 作業の結果作り込まれた部分以上に、作り手の行為が及ばない時間と空間という要素が果たす効果が大きい。 京都という場所では今でも伝統と先進がパラレルに現在進行形で共存していて、しばらくそこに居るといやがおうでもインスピレーションが刺激される。 さて、僕が何が今気になるかというと、借景の庭や特別な場所の当たり前の空気感が持つ刺激的な要素。 絵でいえば、絵の表面ではなくて作品全体から醸し出すその絵の本質。 特に、具体的に描いてなくても主張としてはっきりと存在するイメージ。 要するにあまり描きすぎず、描いていないからこそ強いインパクトがあるような絵。 そんな絵を描きたい。 と、新しい年のはじめに思う次第、、、。 #
by kevipa33
| 2012-01-18 21:38
| 旅の空から
2011年 11月 23日
![]() 12月3日(土)~11日(日) AM10:00~PM5:30 高崎・広瀬画廊 〒370-0862 高崎市片岡町3-23-4 / TEL 027-326-7821 すでに案内状を投函しましたが、「来てないぞ~ウチにもよこせ~・・・」という方はメッセージまたはメールにて御住所を明記のうえ御請求下さい。すぐに郵送します。 ただ今 制作・準備・・・最終コーナー・・・やばい!転びそう~! がんばります! #
by kevipa33
| 2011-11-23 22:30
| 絵のこと
2011年 08月 03日
7月30日~8月1日 石巻で行われた川開き祭り・灯篭流しに参加してきました。
![]() 4月に描いたこのスケッチは、石巻市内の真ん中・日和山から旧北上川の上流方向を見たもの。 大きな中州は「中瀬」と呼ばれていて、白くて丸い建物は「石ノ森漫画館」。 大津波はこの川を逆流して両岸の街をのみ込んだ。 震災直後、全国あちこちで予定されていたいろんなイベントが自粛ムードのなか、被災地では厳しい状況にあってもお祭りやイベントを決行しようという活力があった。 石巻でも毎年行われてきた川開き祭りの実施が早い段階で決まっていた。 今回は犠牲者に捧げる鎮魂の想いを、10000個の灯篭に託してこの川に流すことになった。 石巻に駐留中のほとんどのボランティア・NPO団体が参加して執り行ったこのイベント。我が家は夫婦でそれぞれカヌーに乗って川に出て、カタマラン(カヌーを横に二艇繋げた双胴船)の誘導や撮影隊のサポートの仕事をさせてもらった。 イベントは大成功。僕たちは特等席から幽玄な灯篭の流れを見ることができた。 僕たちは当日の仕事に参加しただけだが、大きな成果を得るためには実際には準備段階の仕事がほとんどで、長期にわたって活動を続けているボランティアの仲間達には本当に頭が下がる。 30日夜。新潟・福島の大雨水害の被害状況の一報を受けて、僕たちのベースからも4トントラックに機材を満載した先発隊が新潟三条に向った。 「困っている人がいれば必ず助ける。」 そういう人たちが実際に居て、今も現実に動いている事を忘れてはいけないと思う。 ![]() 毎回石巻に行くときに通る仙台南部道路から北部道路にかけて、左右に広がる風景がある。 震災当日、テレビ画面でよく流れた仙台空港周辺・名取川河口付近。 海岸の松並木をなぎ倒した津波が、家や車をのみこんでゆく映像はあまりに悲惨だった。 関東方面から車で被災地に向うとまず眼にするのがここ風景で、津波を被ったエリアと無事だったエリアのコントラストが無情で強烈だった。 僕も初めて一面の泥と瓦礫の光景を見たとき、言葉を失った。 この場所に、この先、人の生活はあり得ないと感じた。 4月以降、間を空けて被災地に行くたび、少しづつ好転する状況が感じられる一方で、詳しく見れば見るほど見えてくる甚大な被害状況に、復興の道程の遠さを思うことしきりだった。 今回、7月30日朝、久しぶりに名取川河口付近の風景を見て驚いた。 一面の泥に覆われた世界に草が芽吹いて、そこは緑の草原(?)と化していた。 所々に瓦礫の残骸が見えるけれど、無彩色だった世界に色が復活していた。 津波を被っていないエリアの田んぼや家々の眺めと見分けが付かないくらいだ。 植物の生きる力はすさまじく、ここならやがて人の生活も復活できる・・・と、脳天気に感じて、腹の底のほうで何かがストンと着地したような気がした。 草が生えたのだから人間だって生きて行ける。 #
by kevipa33
| 2011-08-03 08:02
| 旅の空から
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