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2014年 06月 22日
2013年 05月 12日
今年もやります!
ゴールデンウィークが終わったら、いよいよこの季節。 僕が7年前から事務局というかたちで関わっている 四万十塾「飛び豆 長瀞」の今年の開催日程が決まりました。 詳しくは四万十塾のサイトをご覧ください。 http://40010.net/modules/tinyd2/index.php?id=99 お問い合わせ、お申し込みは四万十塾のサイトから直接、または上杉までメール、メッセージ、お電話で~! 来たれ!熱いカヌーイスト!! (、、、こんなベタな呼び掛けですが ひかないでください、、、) #
by kevipa33
| 2013-05-12 08:51
| 旅の空から
2013年 04月 07日
マービーには「おやつ」を与えていない。
アイメイト(盲導犬)になるための訓練の中では、トリーツ(おやつ)などの物理的なご褒美は使わない。 よく出来たときには言葉と態度で心から褒める。 盲導犬が仕事中にすれ違う人の持っている食べ物に気を奪われたり、道端に落ちている食べ物を探してしまっては仕事にならないのだからそれはあたりまえなのだ。 物理的なものを介した信頼関係ではなく、形のない愛情というものを基本にした信頼関係を成立させるという理念のもと、今まで訓練されてきたマービーは、成犬になってからは一日300gのドライフード以外の食べ物は与えられたことがない。 それは可哀相なのか? 今後は普通の家庭犬なのだからおやつを貰ったっていいんじゃないか? **************** 他の種の動物に、食べ物を与えることで喜びを感じるというのは、人間だけが持っている習性なのだという。(共生関係にあるなど特定の種同士ではその限りではないけれど。) 野鳥に餌付けをしたり、野良猫(実はよそで飼われていたり、、、)に食べ物を与えたりすることで、自分になついてくれたと感じて喜びを覚えるというのはよくあることだし、一概に悪いとは言えない。 まして、飼い犬におやつを与えることは犬を飼ううえでのおおきな楽しみの一つだし、おやつを欲しがっておねだりする愛犬の仕種を可愛いと感じるのは正常な感覚である。 けれど、やってはならない餌付けや、誤って人間の残した食べものを食べてしまった結果、熊が人里に現れるようになったり、猿が観光客を襲ったりという事故を見ると、自然界の動物と食べ物のバランスを壊す最初の原因はいつも人間が作っていると言わざるを得ない。 人間の側に被害が発生したとしても、覚えてしまった食べ物の味を求めているだけの動物の側には悪意があるわけではないので、本当の犠牲者はやはり彼等の方かもしれない。 人里に現れた熊もイノシシも、捕らえられたり殺されたりしてしまうのは彼等が悪いからではなく、あくまでも人間の都合でしかない。 人と一緒に生きるペットの場合はなおさら、飼い主の側の都合に合わせて生活して行くことで、幸せが保証される。 ***************** 僕たちが何かを食べているとき、マービーは隣に居ても素知らぬ顔で別段欲しがる様子もない。 それは今までの訓練の結果なのは明らかで、そんなマービーを見ていると意地らしさに感心させられる。 もう、家庭犬になったのだからおやつを貰ったって良いんだよ、、、。 思わず心の中で思ってしまう。 けれど、マービー自身はおやつが欲しいと思っているのか? おやつを与えたいというのはこちらの一方的な欲求なのではないか? その事について、アイメイト協会に相談したところ次のようなアドバイスをいただいた。 『マービーにとって最も嬉しいことは、飼い主である上杉さんが「話しかけたり」「一緒に歩いたり」「優しく撫でてもらったり」「同じ空間で過ごすこと」などです。 おやつをもらったり、おもちゃで遊ぶことよりそれらが優先します。 おやつを貰ったり、おもちゃで遊ぶことを覚えることで、今まで持っていない欲求を持つようになり、拾い食いや破壊行動などをする可能性も考えられます。 それによってマービーが抱えるストレスの原因も増えることになります。 今、マービー自身が欲しいと思っていないものをわざわざ与えることは不用であると考えます。』 明快なアドバイスに僕たちの迷いが消えた。 おやつを貰わなくても、おもちゃで遊ばなくても、マービーは幸せ。 これからもずっと。 #
by kevipa33
| 2013-04-07 22:32
| 犬のこと
2013年 04月 04日
我が家に新しい犬がやって来ました。
「マービー」という名前のラブラドールレトリーバー、2才半のオス。 アイメイト候補犬からキャリアチェンジをして我が家の一員になりました。 今回の縁を通して、盲導犬を取り囲むさまざまなことで今まで知らなかったことや意外なこと、ナルホド~やヘェ~!などなど、なかにはたくさんの人に知ってもらった方がいいと思うこといがあったので書くことにします。 ************ 現在日本には10の盲導犬育成団体があって、各団体はそれぞれ独自の運営で盲導犬を育成している。 ある団体がトップにあって他がその傘下にあるわけではなく、各団体は横並びでそれぞれが独自に運営されている。 「アイメイト協会」はその中の一つで、国内では最も歴史が古く、創設者 塩屋賢一が1957年に国産第一号の盲導犬チャンピー(ジャーマンシェパード)を作り出して以来、2007年には世に送り出したアイメイト&使用者が1000組を超えた。 これは、歴史の古さはもちろん、実働盲導犬の数でも国内各団体のなかで飛び抜けた実績を誇る。 一口に盲導犬といっても、各団体でその規定は異なり、アイメイト協会では「全盲の人が白杖を使わずに同伴者なしでどこへでも行けるよう導く」 つまり求められる能力も最高レベルの設定のもと「アイメイト」を育成している。 盲導犬を訓練する中で、さまざまな理由で「不適格」であると判断される犬が出る。 たとえば、「車酔いをする」「他の犬に過敏に反応してしまう」「神経質過ぎる」「体が大きすぎる」、、、などなど、盲導犬として確実に仕事をこなすにはどうしても妥協できない「不適格」の理由がある。 けれども、そんな「個性」も一般の家庭犬として考えれば全く問題にはならないことから、不適格と判断された犬はキャリアチェンジをして里親ボランティアの家庭に引き取られることになる。 基礎訓練はほとんど済んでいるので、家庭犬としてはほぼ完璧。当然ながら不適格犬の里親希望は人気がある。 我が家の場合、希望をだしてから約半年後にマービーを紹介していただいた。 いくつかの盲導犬団体の公表している数字では、不適格犬の割合は全訓練犬中の40%くらいだということだが、アイメイト協会では約20%ほど。 アイメイトに求めるレベルは高いにもかかわらず不適格になる率が低い理由は、訓練方法が確立されていることに加えて、繁殖の体制に依るところが大きいという。 アイメイト候補犬の繁殖は、すべて協会から委託を受けた繁殖犬ボランティアの家庭で行っている。 マービーの場合、なぜアイメイト不適格となったのか。 協会からの説明では「初めての場所で状況判断に時間がかかる」ということだった。 例えば、初めて入った部屋で「階段を探せ」とコマンドしてもすぐに探せない。というのがアイメイトとしては適格ではないという理由。 別の言い方をすれば、注意力散漫、あるいは好奇心旺盛、、、?ということになるかもしれないが、いずれにせよ家庭犬としては問題にならない。 ********** マービーが我が家に来てから一週間。 家のなかでも散歩に行っても問題行動は全くなく、ほとんど物静かに過ごしていて、時々はしゃいでもコマンドすると直ぐに落ち着く。 春を迎え、これからいろんな状況で犬と過ごすには絶好の季節を迎える。 マービー、我が家に来てくれてほんとうにありがとう。 そのほかのことでもまだ書きたいことがあるので、後日書くことにします。 #
by kevipa33
| 2013-04-04 23:51
| 犬のこと
2013年 02月 12日
2012年12月6日~2013年3月28日 (am8:30~pm10:00 無休)
高崎市庁舎21階展望ロビーアートワーク展示 「空の街」油彩 (S100~S25パネル8枚一組)を展示中です。 ****************** 長い時間をかけて築かれた街が、ある日突然地上 から姿を消してしまったら、、、 ___ 街も 天国に行くのだろうか? 2011年4月、石巻。 大津波の被害を免れた日和山から見下ろすと、旧北上川の河口の両岸には、ガレキという呼び名に変わってしまった街の姿が広がっていました。 凄惨な光景と、どうしても整理のつかない想いが、今回の作品へとつながりました。 5月、広島。 平和記念公園にある原爆資料館で1945年8月を再現したジオラマを見ました。 66年前、人の犯した愚かな行為と、ついこのあいだ起こった地震、津波という天災。 石巻とヒロシマ。 理由はどうあれ、一瞬にしてボロボロに打ちのめされた二つの街の姿が重なって、原爆と原発事故が重なって、人が生活を営むこと、街を築くことっていったい何なんだろう、、、? と、再び整理のつかない想いが湧きました。 高崎。 いま、市庁舎21階から見下ろすふるさとの街は、青く霞む榛名の山並みを背に、烏川、碓氷川の柔らかな流れに抱かれています。 緑と水に包まれたふるさとの豊かな営みは、決して止まることのない音楽のように、今日も淡々と続いて行きます。 ___ そこへ夜行って歌へば、またそこで風を吸へば、もう元気がついて あしたの仕事中 からだいっぱい勢いが良くて 面白いやうな さういふポラーノの広場をぼくらみんなでこさへよう。 (宮沢賢治「ポラーノの広場」より) 長い時間をかけて築かれた街が、ある日、空に昇って、きっとそこでもまた新しい街が作られる。 忘れてはならない鎮魂の想いは、そのまま、地上で僕たちが作る明日の街の営みへと続いて行くはずだというイメージを、8枚のキャンバスに描きました。 #
by kevipa33
| 2013-02-12 11:23
| 絵のこと
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