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2007年 09月 09日
![]() 普段あまり会うことがなくても、大いに刺激と影響を受けている人・・・僕にはそういう人が何人かいる。 そんな中でも、とりわけハイセンスでクリエイティブだったⅠさんが亡くなった。 いつもインテリジェンスとユーモアを忘れない、しかもとびきりおしゃれなおじさんだった。 以前このブログにもコメントを書いてくれたこともあり、今日、訃報を聞くまではお元気な姿しか想像できなかったのでまったく突然の出来事だった。 Ⅰさんとはじめてお会いしたのはもう20年くらい前になる。 結婚して数年目の僕達夫婦は、自分達にとっては現実的ではないにしろ二人そろって住宅建築に興味があった。まだ具体的に計画などまったく無いにも関わらず、住宅展示場などを冷やかし半分で見るのが趣味?だった。 ある住宅展示場のモデルルームで初めてⅠさんとお会いした。 そのとき、Ⅰさんから伺ったお話は僕達にとってとても刺激的で、しかも自分達の求めていたかなりわがままなイメージにも近い建築理念だったと記憶している。 決して口あたりのいい言葉を並べただけの営業的文句ではなく、ご自分の作りたいと思うものに対して妥協のないイメージを語るⅠさんの言葉に僕は大いに感化された。 その後数年して、自宅とアトリエを建て替える機会になったときに僕達はまっさきにⅠさんのトコロへ相談に行った。(当時ミエさんは別の住宅メーカーで働いていたにもかかわらず・・・) 「ほとんどの家は出来たばっかりの時が一番キレイでその後必ずどんどんボロくなる。できれば、住めば住むほど良くなってゆくような家を建ててください。」と、充分な予算もないくせに僕の生意気で無理な注文に対してⅠさんは「それ、おもしろいですね。」と言って請け負ってくれた。 建築プランが出来るまでずいぶん待たされた事も、予算がないので休日に外壁の塗装作業を社長(Ⅰさん)自らやってくれた事も、今は懐かしい。 http://www.bauhaus-lab.com/works/1996kevipa/ その後も、施主とはいっても若輩の僕を時おり呑みに誘ってくれたり、忘れた頃にぶらりとお土産を持って訪ねてくれたりと、たまに会う兄貴という感じで僕は敬愛していた。 僕の個展に来てくれたときには、たまたま他のお客さんがいたためにⅠさんとゆっくりお話しすることができなかった事を、僕は心ならず悔やんだりもした。(その時の感想をご自身のブログで書いてくれた。http://tamatama.bauhaus-lab.com/2006/04/11-000000.html) 最後にお会いしたのはこのブログにも書いたとおり、ゴッホの画集をお土産にいつものようにぶらっと立ち寄ってくれた今年の4月だった。 こういう大人になりたいな・・・と思わせてくれる先輩。 そんなⅠさんが仕事の上で、またそれ以外でも目指していたものの全容は、僕などにはまったく想像するには大き過ぎて掴みようはない。 けれども、Ⅰさんの残した言葉からは、僕のやりたいと思っている事のほとんどすべてを分かってくれていたんだということが分かる。 もうⅠさんとは会えない。 もう僕の絵を見てもらうことはできなくなったけれど、次の個展はⅠさんに見てもらっても恥ずかしくない展覧会にしたい。 合掌 父宛のステキな追悼の言葉ありがとうございます。アトリエ兼自邸をつくったKevipaさんの事、よく自慢げに話していました。私が小さい頃個展を一緒に見せてもらった事もありましたね。拘りのライフスタイルを持つKevipaさんと、負けじと凝り性の父、強く惹かれ合っていたのがうかがえます。 頑固で、自信家で、人の意見を聞かないわがまま親父。でも何故か茶目っ気があり、不思議と周りに人が集まる人でした。同じ建築の道を志してからは、その存在の大きさと“普通”である自分とのバランスがとれず悩んだりもしました。それでも何かの縁か、息を引き取るまでの一年ちょっと一緒に仕事ができました。なくなる前日まで生き生きと、プランを考えスケッチをおこしていたのが思い出されます。最後の顔はいつもの仏頂面からは創造できない程、安らかでした。棺の中には今まで手がけた多くの住宅の写真と、愛用のプラン用紙を。40歳で建築に目覚めて、事務所を構えて19年、まだまだ表現したい事があったんだろうなぁ、と惜しまずにはいられません。 次の個展にはよろしかったら子供達で伺わせてください。「ばうはうすの家」の自慢の住まい手であるKevipaさん、今後のご活躍を楽しみにしています。 ももこさん。こんなところまでコメントを頂き恐れ入ります。
突然の事で驚きましたが、もうだいぶ落ち着かれたでしょうか? 以前、ももこさんが建築の道に進むとのお話をされていたときのお父様は、なんだかとても嬉しそうでしたね。 きっとまだまだやりたいことはたくさんあったことと思いますが、娘さんと一緒に仕事が出来て、最高に幸せだったのではないでしょうか。 我が家には忘れた頃にふらっと遊びに来てくれて、いろんなお話をしました。Ⅰさんはいつも何かを超越した視点でモノを見ているようで、僕は刺激されっぱなしでした。ホント、かっこよかったです。 「ばうはうすの家」の住まい手として、僕も良い仕事ができるよう頑張ります。ぜひ次回の個展にはお出かけください。
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